大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成9年(ワ)13301号 判決

原告

今井明子

被告

桧垣重男

主文

一  被告は、原告に対し、二四三七万四四三一円及びこれに対する平成七年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、八二七四万〇八八六円及びうち七九二七万八〇九二円に対する平成七年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告の運転する原動機付自転車と被告が運転する自動車との衝突事故に関し、原告が負傷したなどとして、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下のうち、1、2、3(二)は当事者間に争いがない。3(一)は乙二1、2及び弁論の全趣旨により、3(三)は甲二三1、2、乙六、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認められる。

1  被告は、平成七年三月六日午後一一時一五分ころ、普通乗用自動車(大阪三五と八四七四号、以下「被告車両」という。)を運転して、大阪府茨木市目垣二丁目一番八号先の信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を東から西へ向けて進行するにあたり、同所を原動機付自転車(大茨木市ち八一一一、以下「原告車両」という。)に乗って北西から南東へ進行していた原告に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故当時、被告は被告車両を所有し、運行の用に供していた。

3(一)  原告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責」という。)から二七一〇万円の支払を受けた。

(二)  原告は、被告の任意保険から三四三万六七九四円(治療費分)の支払を受けた。

(三)  原告は、労働者災害補償保険(以下「労災」という。)から平成七年三月六日から平成九年六月一七日までの間、休業補償として三三〇万四〇一〇円の支払を受けた(休業特別支給金を除く。)。

二  (争点)

1  本件事故態様(過失相殺)

(被告の主張)

被告車両の速度は時速約四〇キロメートル(制限速度時速三〇キロメートル)に過ぎず、被告車両が進行した東西道路西行き車線から本件交差点に至るには登りとなり、かつ右にカーブし、北側にガードレールもあったから、被告車両からは原告車両は見えにくいが、原告車両から被告車両のライトはよくみえたはずであるなどを総合すると、原告の過失割合は七〇パーセントが相当である。

(原告の主張)

原告はヘルメットを着用し、ライトをつけ、一時停止線で一旦停止し、安全を確認し、制限速度内で既に渡っていたところに被告車両に衝突されたこと、被告は制限速度を三〇キロメートル超過していたこと、酒が体内に残っていたことなど考慮すると、原告の過失割合は二五パーセント、被告の過失割は七五パーセントが相当である。

2  原告の損害

(原告の主張)

原告は、本件事故により頸髄損傷、骨盤骨折、左大腿骨頸部骨折、左脛腓骨開放骨折による四肢麻性不全麻痺、深部反射亢進病的反射があり、右手ハシ困難、巧緻性障害、握力右二キログラム、左一〇キログラム、四肢知覚鈍麻(左側は脱失に近い)、歩行困難(杖が必要)、右上下肢筋力低下(3/5程度)等の後遺症を残したが、右は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)併合二級に相当する後遺障害である。その他、原告の損害は、後記第二の二3以外は次の各費用目のとおりである。

(一) 治療費 三四五万〇二九〇円

(二) 入院雑費 五〇万〇五〇〇円

(三) 診断書作成費用 二万二三一〇円

(四) 付添看護費 一三万二〇〇〇円

(五) 休業損害 一四五一万七四二四円

(六) 逸失利益 九六一九万二二六〇円

(七) 慰藉料 二五五五万円 (入通院分四〇五万円、後遺障害分二一五〇万円)

(八) 弁護士費用 七二〇万円

3  損害賠償債務の遅延利息の発生日と損害填補の関係

(原告の主張)

本件事故が平成七年三月六日であるから、本件事故による損害賠償債務は本件事故日から遅滞するが、自賠責から二五九〇万円填補を受けたのが平成九年一一月七日であるので、右二五九〇万円につき本件事故日から右填補を受けた日の前日までの間、民法所定の年五分の割合により遅延損害金が発生するので、その額三四六万二七九四円を追加請求する(以下「本件請求拡張部分」という。)。

(被告の主張)

本件請求拡張部分の請求及び主張は、結審予定日(平成一〇年一一月五日)の直前である平成一〇年一〇月三〇日に申立等されたもので、従前の各期日でまったく出されてはおらず、原告としては容易にできたのにもかかわらず、そのような請求をしないでおいて、突然、右結審直前になされたものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法として却下を免れないし、又は、訴訟法上の信義則に違反した主張として斟酌されるべきである。

第三争点に対する判断

一  事故態様、過失相殺について

1  前記第二の一の事実、証拠(甲一、二、乙三1ないし6、四ないし七、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右事実に反する部分は採用できない。

(一) 本件交差点は、東西に通ずる道路(以下「東西道路」という。)と北西から南東に通ずる道路(以下「南北道路」という。)とが斜めに交差する信号機により交通整理の行われていない変型交差点で、東西道路のセンターには黄色の実線が引かれた優先道路となっており、南北道路には一時停止線と一時停止の標識が設置されていた。東西道路北側には歩道があり、車道と歩道の間にはガードレールが設置されていた。東西道路の最高速度は、時速三〇キロメートルと規制されている。本件交差点が前記のとおり変型交差点でガードレールもあったほか、東西道路西行き車線から本件交差点に至るには、登りとなりかつ右に力ーブしていたから、東西道路西行き車線を東から西へ進行する車両から南北道路北西詰停止線付近にいる車両は見えにくいが、逆に、南北道路北西詰停止線付近の車両から東西道路西行き車線を東から西へ進行する車両のライトは上から見下ろすかたちとなるので比較的発見しやすい状況になっていた。しかし、図面〈1〉では、東西道路はほぼ直線で前方の見通しは悪くない。本件事故当時路面(アスファルト舖装)は乾燥しており、本件交差点は市街地にあったが、夜間で本件交差点付近は暗く、五分間の通行量は、東西道路で二一台程度で、南北道路で二台程度であった。その他の道路状況は別紙図面(以下「図面」という。)のとおりであった。

(二) 被告は、本件事故当時、前照灯を付けた被告車両を運転して東西道路を東から西へ時速約四〇キロメートルで進行し、図面〈1〉の地点に来た時、まだ原告車両が見えなかったが、図面〈2〉で原告車両が〈ア〉にいるのを発見し、危険を感じて急制動の措置を講じたが間に合わず、図面〈3〉の地点に進行したとき、原告車両前部に被告車両前部を衝突させて、原告車両を転倒させた。被告車両は図面の〈4〉に停止した。原告車両を発見してから停止するまでの距離は約一三・四メートルであった。被告は、本件事故日の午後六時ころビールを中瓶一本ないし一本半くらい飲んでいたが、本件事故時まで五時間以上も経ていたし、通常ならビールで大瓶三本くらいは飲めるので、本件事故当時酔った感じは残っていなかった。

(三) 原告は、本件事故当時、前照灯を付け、ヘルメットを被り、原告車両に乗って南北道路を北西から南東に進行し、本件交差点北西詰停止線手前で一時停止し、東西道路東側を確認したが車のライトの灯りが見えなかったので、まっすぐ前を見て本件交差点に進入し、時速約三〇キロメートルくらいの時、図面〈イ〉で本件事故に遭った。

2  右によると、原告車両速度は、時速約三〇キロメートルで、しかもライトを付けていたこと及び図面〈1〉では東西道路はほぼ直線となるので、右地点では前方の見通しが悪くなかったのにもかかわらず、被告は図面〈1〉では原告車両に気付いていないのであるから、被告は、前方不注視の過失があったと言わざるを得ない。なお、被告車両の原告車両発見から停止までの距離(約一三・四メートル)、その他の事情から被告車両が時速約六〇メートルで走行していたと認めるに十分な事情は認められなかった。また、被告が本件事故当時、酒の影響が残っていたと認めるに足りる事情もなかった。また、本件事故の状況(原被告車両の速度、衝突地点等)からすると、原告車両のほうが被告車両より先に本件交差点に進入したものといえる。被告走行車線は優先道路であったとはいえ、本件交差点のように東西道路西行き車線から北西側が見えにくい状況の時は、東西道路西行き車両としては制限速度より、より速度を抑えて、先に交差点に進入している南北道路の車両を見逃さないよう、より慎重な運転が要求されると考えるのが相当である。一方、原告は、本件交差点北西詰一時停止線手前で東側を確認しただけで、以後東西道路を確認せず本件交差点に進入したもので、しかも、東西道路が優先道路で、夜間、本件事故当時の南北道路の交通量は東西道路の交通量よりかなり少なかったこと、さらに、本件交差点付近の状況も総合すると、原告の右確認だけでは左右確認が不十分であったと言わざるを得ず、それで本件事故に遭ったことは明らかである。以上総合すると、原告の過失割合は六割、被告の過失割合は四割とするのが相当である。

二  原告の損害について

1  前記第二の一の事実、証拠(甲一、三ないし二二、乙六、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和二四年一一月一九日生まれの女性で、本件事故当時は四五歳であった。

(二) 原告は、本件事故により路面に転倒して、頸髄損傷、骨盤骨折、左大腿骨頸部骨折、左脛腓骨開放骨折の傷害を負い、救急車により茨木医誠会病院に搬送され、同病院で治療を受け、平成七年三月七日から同月一六日まで、大阪大学医学部附属病院に入院し治療を受け、同日から平成八年二月一二日まで星ケ丘厚生年金病院に入院し治療を受け、同月一三日から平成九年六月一七日まで同病院に通院し(実通院期間一六日)治療を受け、同年一月二八日から同年三月九日まで同病院に入院し治療を受けた。

(三) 原告は、右治療の結果、平成九年六月一七日、症状が固定し、四肢麻性不全麻痺、深部反射亢進病的反射があり、右手ハシ困難、巧緻性障害、握力右二キログラム、左一〇キログラム、四肢知覚鈍麻(左側は脱失に近い)、歩行困難(杖が必要)、右上下肢筋力低下(3/5程度)等の後遺障害が残り、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)は、〈1〉神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの(等級表三級三号)、〈2〉一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの(等級表一〇級一一号)、〈3〉頸椎骨盤骨に著しい奇形を残すもの(等級表一二級五号)の併合二級の認定をした。

(四) 原告は、本件事故当時、関西電力株式会社高槻営業所の委託検針員として勤務し、本件事故の前年である平成六年度の年収四〇九万〇三六九円を得ており、さらに、北部フーズに勤務し、本件事故前三ケ月の平均賃金で月二三万六一九〇円、一時金が七月に一〇万円、一二月四万円をもらっていた。原告は、平成七年三月七日から同年九月六日までの間、関西電力株式会社から一五九万三九〇〇円を得ていた。

2  以上によると、原告は、本件事故により、髄損傷、骨盤骨折、左大腿骨頸部骨折、左脛腓骨開放骨折の傷害を負い、平成九年六月一七日、症状が固定し、四肢麻性不全麻痺、深部反射亢進病的反射があり、右手ハシ困難、巧緻性障害、握力右二キログラム、左一〇キログラム、四肢知覚鈍麻(左側は脱失に近い)、歩行困難(杖が必要)、右上下肢筋力低下(3/5程度)等の後遺障害が残り、右障害は、神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの(等級表三級三号)、一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの(等級表一〇級一一号)及び頸椎骨盤骨に著しい奇形を残すもの(等級表一二級五号)の併合二級の後遺障害にあたり、原告は一〇〇パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

3  右を前提にすると、原告は、本件事故により次のとおりの損害賠償請求権を取得したと認められる。

(一) 治療費 三四三万六七九四円

右金額は、前記のとおり当事者間に争いがなく、それ以上の額については証拠がない。

(二) 入院雑費 四九万九二〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は、大阪大学医学部附属病院及び星ケ丘厚生年金病院に入院中の三八四日間(平成七年三月一六日は一日で計算した。)に、一日当たり一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められるところ、右合計は四九万九二〇〇円となる。

(三) 入院付添費 一二万円

弁論の全趣旨によれば、原告が星ケ丘厚生年金病院入院中のうち平成七年三月二四日から同年六月二二日の間の二四日間松原栄子がこれに付き添ったことが認められるところ、右を金銭に換算すれば一日当たり五〇〇〇円とするのが相当であるから、右合計は一二万円となる。

(四) 文書料 二万二三一〇円

甲二四1ないし6及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により原告が文書料(診断書)として二万二三一〇円を負担したことが認められる。

(五) 休業損害 一四五六万七五二五円

前記認定によれば、原告は、本件事故当時、前記労働により一日当たり一万九三五五円を下らない収入があった(円未満切捨て、以下同じ。)ことが認められるところ、本件事故により本件事故日(平成七年三月六日)から症状固定日(平成九年六月一七日)までの八三五日間就労できなかったから、休業損害は次の計算式のとおり一六一六万一四二五円となるところ、弁論の全趣旨によれば、前記関西電力から同期間の支給として一五九万三九〇〇円を受けていたからこれをを引くと一四五六万七五二五円となる。

計算式 (4,090,369+236,190×12+100,000+40,000)/365=19,355

19,355×835=16,161,425

(六) 逸失利益 九六一九万二二六〇円

原告の前記後遺障害の内容及び程度によれば、原告は、前記後遺障害により症状固定時から二〇年間にわたり労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものと認められる。そこで、前記収入を基礎とし、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告の逸失利益の本件事故時の現価は、次のとおり九六一九万二二六〇円となる。

計算式 (4,090,369+236,190×12+100,000+40,000)×13.616=96,192,260

(七) 慰藉料 二五二〇万円

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故(入通院分三七〇万円、後遺障害分が二一五〇万円)によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二五二〇万円をもってするのが相当である。

三  損害賠償債務の遅延利息の発生日と損害填補の関係について

原告は、本件事故による損害賠償債務は本件事故日から遅滞するが、本件事故が平成七年三月六日で、自賠責から填補を受けたのが平成九年一一月七日であるから、右填補額につき本件事故日から右填補を受けた日の前日までの民法所定の年五分の割合により遅延損害金が発生するとして、本件請求拡張部分として三四六万二七九四円を追加請求し、その根拠を主張するが、当裁判所に顕著な事実によれば、原告は、平成九年一二月二六日に訴えを提起し、その中では、自賠責からの支払分を本件事故日の損害金からそのまま引いておきながら、既に争点整理がなされた弁論準備手続終了後の平成一〇年一〇月三〇日に突然右填補とは矛盾する本件請求拡張部分の申立とその主張がなされたものであるから、原告のこのような主張は、訴訟法上の信義則に違反した主張として許されないというべきである。

四  結論

以上によると、原告の損害は一億四〇〇三万八〇八九円となるところ、過失相殺として六割を控除すると五六〇一万五二三五円となり、更に原告が支払を受けた三三八四万〇八〇四円を控除する(労災給付は消極的損害のみから控除)と、残額は二二一七万四四三一円となる。

本件の性格及び認容額に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は、二二〇万円とするのが相当であるから、結局、原告は被告に対し、二四三七万四四三一円及びこれに対する本件事故の日である平成七年三月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎敏郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例